Have a Happy New Year!
Dec. 31, 2007


本年も今日一日となりました。早いものです。正に、「光陰矢の如し」。

「チベット難民(問題)」に関する活動を本格的に再開した今年は、”下準備”の年でした。2008年は、”取材”の年となります。

いつもの如く難問は山積しているでしょうが、それも望むところ。この困難な「課題」をやると決めてしまったのですから、それも仕方ないですね。自らのカルマ(業)と諦めます(笑)。

お詫びです。今年、「チベット難民〜世代を超えた闘い」のDVDを発売する予定でしたが、些か思うところあり延期しました。ただ、来年、取材に出る前には必ず出します。お問い合わせを頂いた方々、もう暫くお待ち下さいますようお願い致します。

さて、皆様にとって今年はどんな年だったでしょうか?

2008年が皆様にとってより良き年になりますことを心よりお祈り申し上げます。

来年も引き続き宜しくお願い致します。

Have a happy new year!


田中 邦彦 拝

【2007/12/31 12:11】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
『チベット難民』上映会
Nov. 30, 2007

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去る11月22日、都内でアムネスティ(“チベットグループ”)主催の『チベット難民〜世代を超えた闘い』の上映会があった。

話を頼まれていたので会場に行ったのだが、驚いた。平日の夜にも拘らず約40名も集まっているではないか。嬉しい限りだ。この中の一人でも多くの方が主体的且つ継続的に「チベット問題」を考えて下されば...以前のブログにも書いたが、善意と意志のある方々の輪が広がり、それが一つの力となって「チベット問題」の解決への囁かであっても確かな礎になることを願って止まない。私の活動が少しでもその御役に立てれば幸いだ。

この作品は7年ほど前に作ったもの。制作の辛い日々が今でも鮮明に蘇る。数々の「困難」が次々に立ち塞がったが、何とか、単独で約2時間のドキュメンタリー(4章構成)を作り上げた。つまり、企画・取材(撮影、インタビューなど)・編集など全てを一人でやり遂げたのだ。こんなことは、実質分業体制であるマスコミの番組制作ではあり得ない。

これが、真の「ビデオジャーナリズム(VJ)」或は「ビデオジャーナリスト(VJ)」スタイルというもの。

現場で撮ってきた映像を自ら編集せずに実際は編集専門のスタッフが仕上げた作品を“VJ作品”の様に言っているケースを良く耳にする。しかし、それは本当の意味でのVJ作品ではない。ビデオジャーナリストとは、難しいテーマを独自の視点と独自の“映像文体”で描写出来るジャーナリストのこと。映像文体=「撮影&編集」。すなわち、”編集を考えた撮影が出来ない人間”及び ”編集を独自に出来ない人間”は本来ビデオジャーナリストではないのだ。本当のビデオジャーナリストとは、マスコミで分業とされている諸作業を全て一人で行なわねばならない非常に過酷な職業。故に、それを可能とする者のみがビデオジャーナリストと呼ばれてしかるべき。今、巷にビデオジャーナリストが溢れている。だが、誰でも簡単に「ビデオジャーナリスト」になどなれる訳が無い。誰でも簡単に作家になれないのと同じことだ。

いずれにせよ、“やっかい”なテーマのドキュメンタリー作品を何とか完成させた。マラソンの有森裕子ではないが、「自分で自分を褒めてあげたい」(笑)。完成に至らしめた最大の要因は、端的に「意地」と「責務」。制作過程の“秘話”をHPに少しばかり書いた。未だ言い足りない...今後もプログ上で“愚痴”をこぼすかもしれません(笑)。

御陰様で、『日本語版』はアップリンク、アムネスティ各支部、同志社を初めとする様々な大学で上映された。来年2月、「にいがた国際映画祭」での上映も決まっている。一方、『英語版』は数々の映画祭に招待され、ベルギーの議会ではチベット難民を知る参考資料として上映された。

HPにも書いてある通り、この作品は「チベット難民ドキュメンタリープロジェクト」3部作の第一弾。まもなく、第2&3弾の取材に入ります。諸事情により当初の予定より大分遅くなってしまった。「プロジェクト」を応援して下さっている方々には申し訳ないことをしました。この場を借りて御詫び申し上げます。

どうぞ、今後とも宜しくお願い致します。


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【2007/11/30 21:57】 | チベット問題 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
『非暴力と権力』
Oct. 26, 2007

Dalai Lama in US (3)

10月17日、チベット難民支援の最大組織、アメリカのNGO・インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット(ICT)よりメールが入った。ダライ・ラマへの勲章授与関連のウェブ放送の案内だ。

この度、米国議会よりダライ・ラマに勲章が授与された。平和・非暴力・人権・宗教の分野での顕著な貢献を評価してのものだという。なるほど。ワシントンは祝賀ムード一杯だ。だが待て、何かおかしくはないか?

「9.11」以降特に、ブッシュをリーダーに世界中に凄まじい「暴力」をまき散らしているアメリカ政府とそれを基本的に容認してきた議会が”非暴力の僧侶”にメダルを授与するという“構図”。つまり、「暴力」から「非暴力」へのメダル授与。おかしくはないか?

それにしても、何故、今頃、この時期に勲章授与なのか? ダライ・ラマのノーベル平和賞受賞(1989年)から既に18年が経過しているのだ。与える機会は以前にも幾らでもあったろう。「9.11」以降の武力政策の大失態を覆い隠す意図があるのではと勘ぐりたくもなる。いや、それが真相だろう。またしても大国の思惑に翻弄されるチベット。歴史は繰り返す。

Dalai Lama in US (1)

さて、今回の様なケース、ダライ・ラマの尊敬するガンジーならどうしたろう。彼の言動から察するに、絶対に受けないはずだ。無論、政治が奇麗ごとではないことは十分承知している。アメリカはチベット難民受け入れの最大国。ダライ・ラマの信奉者である俳優のリチャード・ギアを初め著名人のサポーターも数多い。それに、やはり、現在、中国と対等に交渉出来るのはアメリカしかいない。期待するのも無理はない。だから、仮に嫌でも、アメリカの顔を立てて勲章を貰うしかないのだろう。

だが、それでもだ、ダライ・ラマは慎んで勲章を辞退するべきだった。何故かー

先の記事(『ダライ・ラマ回想(5)』)にも書いたが、チベット難民が「チベット問題」解決 或は チベット解放の手段として唯一使えるのは「非暴力」だ。その理念と手法こそが彼らの闘争の「生命線」。それを蔑ろにする如何なる言動も彼らの「闘争」の存続を危うくさせ、結果、全てを失わせる

考えても見よ、アメリカは政権ごとに「チベット問題」の特使を設けているが、今まで、何の結果も出していない。つまり、中国との経済協力の促進をからも分かるように、「特使」の真相はアメリカお得意の”ダブルスタンダード”に拠る対外的なある種のポーズに過ぎない。故に、一部メディアが今回の一件でアメリカと中国の関係が悪化するかもしれないと報じているが、全くの見当違い。アメリカが中国との外交の場で「チベット問題」を真剣に持ち出すことなど考えられない。

一方、“テロ戦争”の名の下にアメリカ軍に殺戮蹂躙されたアフガニスタンやイラクの一般市民は、ダライ・ラマがブッシュと式典に同席し叙勲を受けた事実をどう感じたろうか。「非暴力」に基づく平和を心底希求しチベット難民を真に応援する人々は今回の事実に失望したに違いない。「全てを失わせる」とはどういう意味かお分かり頂けるだろう。

しかし、受賞演説の中でダライ・ラマはこう語ったー「この勲章受賞は平和と相互理解のために尽力している多くの人々に大きな希望を与えるだろう」更に御丁寧にも、ブッシュに向けて、「あなたのチベットに対するご同情、ご支援、そして、宗教の自由と民主主義の大義を守る断固たる姿勢に深く感謝します」

ガンジーは身を持って示した。「非暴力」は権力に屈しない「不服従」の行動を伴って初めて効力を発揮するものだと。ダライ・ラマが勲章を受けたことは、明らかに権力に屈した行為だ。

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「僧侶にはメダルなんて似合わないし、貰うべきではない...」。普段はダライ・ラマを信奉しているモンゴル人の友人が残念そうに言った(モンゴル人の多くがチベット仏教徒)。もっともだ。政治や権力などを遥かに凌駕した「法(ダルマ)」を説く者に如何なる勲章も必要ない。教育機関や平和活動をするNGO等ならまだしも、政治権力(国家権力)からのメダル(勲章)など言語道断。

ダライ・ラマには「法(ダルマ)」という“勲章”のみで十分なはず。そして、ブッダの教えに即したその毅然とした態度こそが、世界中の多くの虐げられている者たちに希望と勇気とを与え、本当の難民サポーターを呼び、「チベット問題」を解決へと導くのだと私は確信している。

古代ローマの哲人・セネカはこう言っているー

どの港を目指して航海しているかを分かっていなければ、どんな風も追い風とはならない

今のままでは、チベット難民、更にはチベットへの本当の意味での“良き風”は決して吹かないだろう。

今回の一件にも中国政府は表向きには激怒している。しかし、その実、「ダライ・ラマは本物の宗教者ではない」との彼らのいつもの主張を勢いづかせる口実を得て、内心喜んでいるのではないか。

そして、チベットの中国化は着々と進行する。

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ウェブビデオの中で、サンバイザーを被ったダライ・ラマが集まった観衆に和やかにスピーチをしている。「非暴力が大切です」。 他方、リチャード・ギアは明らかに高揚しはしゃいでいる。「9.11」後のブッシュの武力政策を彼は厳しく非難していたはずだが、今回の「勲章」には何の違和感もない様だ。「皆さん、2年以内にラサ(チベットの都)で会いましょう!」 ギアの上ずった声が、少なくとも私には空しく響いた。

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【2007/10/26 05:51】 | ダライ・ラマ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ヒマラヤに見る地球温暖化(1)
Sept. 30, 2007

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今年の夏の暑さは本当に異常だった。日本各地で最高気温の記録を更新。又、9月下旬になっても未だ暑く、“最も遅い夏日”の記録を随所で更新している。暑さには強いと自負していたが、今年はへばった。更に、巨大台風による局地的な豪雨など、一体、地球はどうなっていくのか...多くの方々が温暖化の脅威を少なからず実感されたはず。

今年発表された「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」の最新報告書(「第4次報告書」)は、「今、100年あたり0.74度Cの速度で温暖化が起きている」と述べている。これは、6年前の「第3次報告書」(2001年)の「100年あたり0.6度C」を上回る値だ。

この最新報告書の中で、「現在、温暖化が進んでいることは疑いの余地がない」と、科学報告書としては異例の表現が使われている。加えて、温暖化の進行が人為的である可能性について、第3次報告書の「可能性が高い」から「可能性が非常に高い」に変更されている。

温暖化が確実に加速していることは疑いない。

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ヒマラヤにも「温暖化」は容赦なく牙を剥いている。

「この20年で、馴染みの山の姿が明らかに変わってしまった」と、ヒマラヤの山岳民族 ・シェルパ族の登山ガイドは証言している。(ドキュメンタリ−映画・『メルトダウン〜氷河融解』より〈*1〉)

つまり、山を覆っていた氷が融けているのだ。永遠とも思われた、ヒマラヤの分厚い“万年雪”が...

今年6月、UNEP(国連環境計画)は、温暖化がヒマラヤの氷河・氷河湖に及ぼす影響を初めて包括的にまとめた調査報告書を発表した。以下、抜粋:


***【UNEPリポート: 2007年6月5日】***

地球温暖化によるこの数十年間のヒマラヤ氷河の急速な融解は、下流の地域社会と氷河の水に頼っている何億もの人々に壊滅的な打撃を与えるだろう。

ブータン・ネパール・パキスタン・インド・中国(チベット)を貫く2500kmにも及ぶ大ヒマラヤ山脈。現在、そこに、およそ15000の氷河と9000の氷河湖が見つかっている。ヒマラヤは9つの水系を潤し、その「水」に下流域の約13億人が頼って生活している。

ヒマラヤの氷河は、年間、10メートル〜60メートル平均で縮んでいる。ある箇所では、年平均で74メートルも後退。

「中国(チベット)」では、最近の30年間で5.5%の割合で氷河が後退している。気温上昇が予測通りに進むと、2050年までに中国(チベット)の氷河の3分の2が、2100年には全てが消失すると予測される。

「インド-ヒマラヤ」でも著しい変化が観測されている。毎年、6.8メートル〜29.8メートルの範囲で氷河が後退。最も後退の速いのが“Bada Shigri氷河”、遅いのが“Chhota Shigri氷河”。

「ブータン」では、“Luggye 氷河”が1988年〜93年の間、年間160メートルの割合で後退し、急激に氷河湖を形成した“Raphstreng氷河” は1984年〜98年の間に年35メートル平均で後退した。88年〜93年だけを見ると年60メートルに達する。

「ネパール」の氷河の後退は90年代より加速している。94年〜98年の間が劇的で、最も氷河が密集している地帯では、年間10メートル〜59メートル後退している。

急速な氷河の融解は急激な氷河湖の形成を伴う。氷河湖の幾つかは70年代より800%の割合で拡大している。そこで警戒しなければならないのが、差し迫った氷河湖の決壊による洪水災害。急速に氷河が融けるため、氷河湖の自然の堤が耐えきれなくなり決壊するのだ。

ブータンとネパールは氷河湖が最も集中した国。ブータンで24の氷河湖が決壊の危機にある。ネパールでは20。その中でも、エベレストのある世界遺産・サガルマータ国立公園内で、人気の高いトレッキングコースの側にある“Imja Tso氷河湖”は最も危険度の高い一つだ。Imja Tsoと同じエリア内にある“Dig Tsho氷河湖”は1985年に決壊した。その洪水による地域社会や経済へのダメージは未だに癒えていない。Imja Tsoが決壊すれば、洪水災害はDig Tshoの6倍にもなるだろう。下流域の人口密集地帯に甚大な被害を及ぼすのは明らか。多数の人命が失われ、経済が大打撃を被るのだ。

ヒマラヤ地域では氷河融解による洪水は度々発生し、社会経済に大規模な被害を及ぼしている。1981年、チベットの“Zhangzhangbo氷河湖”の決壊によりインフラの破壊が広範囲に及び、損害は約300万ドル。1985年、ネパールの“Dig Tsho氷河湖”の決壊では地元の発電所が破壊され(130万ドルの損害)、多くの命、家屋、土地も奪われた。1994年のブータンの“Luggye Tso氷河湖”の決壊では、生命が奪われ、聖地、耕作地が損害を受けた。

急速な氷河融解による「水不足」も深刻な問題だ。

ヒマラヤの氷河は、下流域の何億もの住民に淡水を供給する重要な水源。氷河の後退は、非常に貴重な淡水の“天然貯蔵庫”の損失を意味する。今後、住民の水不足、灌漑用水の不足、更には、産業、発電に混乱をきたす恐れがある。

この貴重な水資源を適切に管理していくために、今後も継続して氷河と氷河湖を監視する必要がある。加えて、洪水による人々への危険を減らすため、衛星を利用した“決壊警報システム”や氷河湖の水を減らす等の“災害軽減策”は欠かせない。

***【UNEPリポート】***

*********************

このリポートが示す「悪夢」が現実となれば、莫大な数の“環境難民”が発生するだろう。そうなった時、温暖化の元凶であるアメリカ、日本を初めとする先進諸国はどう対処するのか。 温暖化は“対岸の火事”などではない。今こそ、各国が足並みを揃えて温暖化防止に向かわねばならないのだが、残念ながら、未だ経済優先の思考は変わらない。温暖化がこのまま進めば、従来の経済活動が破綻することは明白なのに...

以前、チベット仏教最高指導者・ダライ・ラマも京都での講演の際「インドや中国の人々が日本や欧米諸国の人々と同様にマイカーを持ち始めたら大変なことになる」と、地球環境の悪化、温暖化を憂慮していた。それが現実になろうとしている。

人類はやはり早晩滅びるしかないのだろうか。

ヒマラヤの氷河融解は、ヒマラヤの神々が愚かな人類に対して流す「涙」のようにも見える...

*********************

旅や取材で幾度となく訪れたヒマラヤ。真白に輝く峰々は正に“神々の座”だ。その神々しい姿が間もなく消えてしまうかもしれない...これには、本当に耐えられない。温暖化に関しては今のところ暗い予測ばかり。しかし、諦めたら終わりだ。個人個人で出来ることもある。「可能性」を信じて行動していくしなかい。

_______________________________
〈*1〉2002年に国連調査隊が「ネパール-ヒマラヤ」で実施した
温暖化の調査記録。「ヒマラヤ国際映画祭Tokyo2006」ほか各国の
映画祭で上映され、反響を呼んだ。詳しくは「ヒマラヤ国際映画祭
プロジェクト」公式サイトの“上映作品”を御覧下さい
www.himalaya-japan.net)。


【2007/09/30 21:03】 | 地球温暖化 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
ガワン・サンドル ― 非暴力・不屈の尼僧
Sept. 11, 2007

囚われのチベットの少女 囚われのチベットの少女
フィリップ ブルサール、ダニエル ラン 他 (2002/05)
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「非暴力闘争」ー チベットの解放のために闘うチベット人、難民の唯一の手段であり生命線だ。

「非暴力」は「不服従」の行動が伴ってこそ効力を発揮する。残念ながら、チベット難民、特に役人たち(亡命政府)の非暴力闘争には「不服従」がしばしば欠落する。そのことが、「闘い」をどこか中途半端なものとしている感は否めない。先の記事「ダライ・ラマ回想(5)」でガンジーの非暴力闘争を引き合いに出しながら、このことは既に述べた。

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先日、チベット人政治囚(良心の囚人)のルポを読んだ。ガワン・サンドル。尼僧だ。彼女はチベット難民の”シンボル”の様な存在だから、以前より名前は聞いたことがあったし、監獄で撮られた囚人服を着た彼女の写真も見たことがあった。だが、お恥ずかしいことに、彼女が「シンボル」になっていく経緯を、この本を読むまで殆ど把握していなかった。

ル・モンド紙記者が描き出すガワンの姿は圧倒的だ。彼女が初めて投獄されたのは、1990年、11歳の時。他の多くの尼僧たちと同様、「チベットに自由を!」と町中で叫んだからだ。それだけの理由(“罪”?)。1年後に釈放されるが、彼女は自らの信念に従い、再び公衆の面前で「自由」を訴える。そして、再度収監。そこで待っていたのは、前回とは比較にならない拷問の数々。150センチの小柄な少女に向けられる凍りつく様な拷問に義憤を覚えない者はいないだろう。完全に常軌を逸している。人間の理性などそこにはない。これが、経済発展を謳歌する中国という大国の政府の悲しむべき裏の顔なのだ。

それでも、ガワンはひるまない。決して、当局に対して信条を曲げようとはしない。いや、益々意志を強固にし抵抗するのだ。「非暴力・不服従」。彼女こそ、それを正に体現している。「シンボル」となるもの当然だ。

98年の段階で、度重なる延刑のすえ彼女の服役は2014年までとされた。実に、トータルで二十年以上の刑期だ。無論、まともな裁判など行なわれていない。「私はおそらく出獄出来ないでしょう。私の人生を(チベットの大義のために)犠牲にするわ」と、出獄する友人の尼僧に話したという...

幸いにも、この本の出版後、2002年10月、欧米の人権団体などからの圧力の結果、ガワンは釈放された。

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ガワンの釈放に先立つ2001年6月、著者であるル・モンド紙のブルサール氏はダライ・ラマにインタビューしている。その中で、ガワンの非暴力闘争をダライ・ラマは賞賛する。「ダライ・ラマが彼女を『格別なチベット人』であると、その勇気を讃えたことを、ガワン・サンドルは大喜びするだろう」とブルサール氏は単純に喜ぶ。しかし、私は腑に落ちなかった。果たして、本当にそうだろうか?

以前の記事でも書いたが、大多数のチベット人、難民たちが心より希求するのは“チベットの真の解放”、即ち、「独立」。これが、偽らざる気持ちだ。ガワンが身命を賭して訴えたのも「独立」に他ならない。だが、ダライ・ラマを中心とする亡命政府は既に独立の夢を捨て、中国の枠内で生きる道−”高度な自治”を求めている。この政策転換をしてから早20年になるが、何ら進展はない。

チベット完全統治(チベットの中国化)を押し進めるための中国政府の狡猾な“時間稼ぎ政策”にまんまと嵌り翻弄される「チベット亡命政府」の体たらくを、ガワンは今どう感じているのだろうか...

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昨今、「非暴力」が”癒し”の如く、どこか“ファッション”の様に軽々しく語られている気がする。しかし、実際はガワンの闘いからも明らかな様に、それは精神・肉体共に忍耐を強いられる非常に過酷なものだ。ある種の「覚悟」が必要なのだ。

本日、「9.11」。あの「事件」から6年。 国家テロ、組織テロ、大国テロ...暴力の連鎖は全く止む気配がない。「非暴力」の意義を皆が真剣に問い直し、そして、実践していく時だ。話は本題より逸れるが、「非暴力」は人類が直面する最大の緊急課題・「地球温暖化」にも有効である。

そういったことも踏まえた上で、ガワン・サンドルの命を賭した「叫び」を、是非、聞いてもらいたい。ご一読を。


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【2007/09/11 20:52】 | チベット問題 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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