『少女の思い』
Jul. 9, 2009

old woman

気がつけば、多忙に紛れていつの間にか最後の更新から半年も経ってしまった。又、「思い」を書き綴りたいと思う。

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2009年3月10日、50回目の『チベット民族蜂起記念日』を迎えた。1959年3月10日にチベット民衆が中国軍に対し蜂起を起こしてから遂に半世紀が過ぎた。この間、多少の動きはあったものの、結局、実質的に『チベット問題』は何ら進展を見せていない。この経緯についての見解は、以前の諸記事を通じて述べた。

すなわち、「中国政府」の非道をあげつらうばかりでは状況は動かない。チベット(人)社会の問題をも照射することで、世界を巻き込むビジョンを提示しなければダメだ。そのビジョンを一言で表すなら、「非暴力」。 これを思想・行動の両面で徹底しない限り、状況の打開は全く望めないであろう。

暴力政策を是とした国家権力よりのメダルを未だ返還せず、ガンジーの非暴力とは異なる姿勢を見せるダライ・ラマには、最早、期待する気になれない。難民社会の中から、ガンジーの非暴力思想と行動とを受け継ぐ新たなリーダーの登場が望まれる。しかも、それは僧侶ではなく、若い一般人であるべきだ。

以上の詳細については、先に書いた記事(『非暴力と権力』『”チベット騒乱”ー 非暴力で蒙を啓け』『「暴力」には「非暴力」を』『犀の角のように』『ダライ・ラマ回想』ほか)をお読み頂ければと思う。

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さて、去る5月17日、網走市(北海道)のエコーセンターにて、拙者制作のドキュメンタリー作品・『チベット難民-世代を超えた闘い』の上映会が行われた。後日、主催者から以下のメールが届いた:

【メール本文】

今回、上映会へ来ていただいた方、一人ひとりと最後に挨拶ができました。みなさん、これからももっとドキュメンタリーを見せてくださいとおっしゃっていただき、数少ない若者の観客の中からこんなメッセージをいただきました。

上映会の2日後、16歳の女の子が私のところへ来て、映画を見た感想文を書いてきたので聞いてほしいとやってきました。

(以下感想文抜粋)

「チベット問題は全く知らずとてもショックを受けました。中国がやっていることはあまりにもひどく、たくさんのチベットの人々が苦しんでいることを知れました。国がないという悲しみを私は知りません。国を思う気持ちが受け継がれてみんなで助け合うのをみて、とても胸が熱くなりました。私は自分の無力さと自分が置かれた立場を知ることができたのでとても良かったです。」

”朝学習”の数学の答案の裏に書いてありました。彼女は1時間も私に、チベット問題について話しをして帰りました。図書館に行ってその後、本もたくさん読んだそうです。彼女に、「このメッセージを監督に伝えますね」と約束をしましたので、どうぞメッセージを受け取ってください。

【メール本文 終わり】


このドキュメンタリーは、御蔭様でこれまでに全国各地で上映され、この様な感想は多数頂戴してはいた。しかしながら、数学の答案の裏に認められたという16歳女子の真摯な思いが余りにも純粋且つ強烈で、不覚にも涙をこぼしてしまった。ストレートな感情が胸に響き、自らの仕事に対する責任を改めて痛感させられた。

今後の制作のモチベーションが更に高まったことは言うまでもない。

『チベット難民』は三部作。第二部の構想はほぼ出来上がっている。次回の製作にも色々な問題が立ちはだかるであろう。しかし、その少女の如く純粋な「思い」が、きっと「負けるな! 諦めるな!」と後押ししてくれるに違いない。その「思い」と共にある限り、やっていける。


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テーマ:チベット - ジャンル:海外情報

【2009/07/09 01:48】 | チベット問題 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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