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Apr. 17, 2008
![]() 「他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め」 (仏典:『スッタニパータ』) ********************* 3月14日にチベットの首都・ラサで始まった「騒乱」より早、1ヶ月余りが過ぎた。やはり、以前の記事でも示したが、予想通り中国政府は強硬姿勢を全く変えようとはしない。多量の兵士・武器をチベットへ投入してチベットの管理を更に徹底しチベット人の弾圧・摘発を進めている。情報統制も相変わらずだ。選抜した報道陣をラサに入れたが、取材場所、対象は厳しく規制されている。国際社会に歩み寄る姿勢は全く見られない。 当然だ。この政府は、ソ連でさえ崩壊した80年代後半から90年代初頭に掛けての“共産圏諸国崩壊”に生き残った“強者”だ。89年の「天安門事件」では、国際社会の非難や経済制裁などもろともせず、市民の民主化要求運動を武力で徹底弾圧し続けた。今回の「チベット騒乱」では、アメリカ議会とEUが対中国非難決議を採択した。しかし、文化交流の中止や経済制裁などの法的拘束力はない。このような“見せかけ”の非難は全く中国政府に対する圧力にはならない。 中国政府は、いわゆる「国際社会」が一枚岩ではないことをはなからお見通しだ。しかも、「中国市場(経済)」が今や強力な政治カードであることを充分に承知している。「チェチェン問題」など同類の国内事情を抱えるロシアが直ぐさま中国政府の対応を支持したのは当然だとして、中国との経済協力関係を深めるカザフスタンを初めとする中央アジア諸国や経済支援でコントロールするスーダンやケニアなどアフリカ諸国も中国政府を支持。チベット難民の最大の受け入れ先でチベット亡命政府もあるインドを初め、世界の大多数の国は静観するのみ。しかも、(チベット難民が長年切望している)国連のアクションは皆無。(まあ、中国とロシアが安保常任理事国なので仕方ないところではあるが...) 欧米諸国は、先にあげた非難決議の他に、ポーランド、チェコ、エストニア、スロバキア、ドイツ、イギリス、カナダの首相が北京オリンピック開会式への不参加を表明している。米民主党のオバマ、クリントン両氏、共産党のマケイン氏が開会式のボイコットをブッシュに求めているが、彼は変わらず出席の意向だ。大統領候補たちのアクションは、今後の大統領選挙をにらんでの国民に向けたある種の政治パフォーンマンスであろう。 人権意識の高いフランスの大統領であるサルコジ氏は開会式出席の条件を「ダライ・ラマとの対話」としている。が、「チベット問題」の歴史を紐解けば、こんな事は突然には到底不可能であることは容易に分かる。原子力発電所の建設など、中国政府との間で巨額の貿易を取り決めているサルコジ氏。さて、どう出る。これも政治パフォーマンスだと推測できるが... 残念だが、北京オリンピック開会式への不参加などは、要は、中国政府と自国の国民に配慮した妥協案に過ぎない。オリンピック自体を不参加すれば、中国政府との関係の悪化が決定的となる。しかし、何もしなければ、世論が反発し支持率を落とす。苦肉の“中間”策。 しかし、その中で特筆すべきこともある。ポーランド首相・トゥスク氏の決断だ。「ポーランドは中小国であり、最初の(ボイコット)国になりたいとはあえて思っていない。しかし、五輪開会式への政治家の参加は不適切である」と各国に先んじて表明。中国政府からの経済制裁の恐怖を感じながらも、率先して決断する。これが、真に勇気ある決断というものだ。さすが、非暴力闘争史に燦然と輝く「独立自主管理労働組合『連帯』」を生んだ国。「ビロード革命」の国・チェコがそれに続いてボイコットを表明したのもさすがだ。 さて、我が国・日本はどうであろう? 今更驚くまでもないが、すべてが後手後手。首相からも議会からも中国政府を非難する何ら具体的なアクションは無い。先日、福田首相の親書が自民党の伊吹幹事長を通じて胡錦濤に手渡された。こんなもので厳しい状況が変わるはずもないだろう。本来、今こそ活躍しなければならない超党派による「チベット問題を考える議員連盟」も機能していない。「事態を懸念している。対話による解決を。」などとは誰でも言える。中国政府に対話させるような具体的な方策の提示が彼らには求められているのだ。何のための政治家だろう? チベット難民の嘆きや、その問題の複雑さを真に理解もせず、或は「チベット問題」の非暴力闘争としての位置づけの出来ない人間が具体的なアクションを起こせるはずもない。今のままでは、自己利益のために、政治の道具として「チベット問題」を利用しているだけと言われてもしかたあるまい。 ********************* 繰り返すが、現在、中国の巨大な市場・経済に頼らない国は無いと言っても過言ではない。ゆえに、中国政府は「事態が早く沈静化して欲しい」という各国政府の本音をとっくに見抜き、批判も北京オリンピックが終わるまでの一時的なものだと充分に承知している。 一過性という点では、マスコミの報道も似た様なもの。マスコミの中でも特に公共に影響力のあるTVは基本的に「センセーションナル」を基準としている。だから、俗にいう“面白い(扇情的)”映像が無くなれば、直ぐさま扱いは低くなる。つまり、露出度が減るのだ。TVはスポンサー収入で成り立っているが、そのスポンサーの多くは中国とビジネスを展開している。TV業界の経営人の本音も実は各国首脳と同じである。 特に、日本のTVは長年スポンサーや中国系団体に気兼ねをして「チベット問題」をタブー扱いにして取り上げてこなかった。スポンサー重視の基本構造は変わってはいない。中国政府を怒らせ、バラエティーや紀行ものなど番組製作に支障を来すことも何としても避けたいところだろう。 今のところ、「聖火リレー抗議行動」などセンセーショナルな映像があるので、「平和の僧侶VS 非道の中国」といういかにもTVらしい単純な切り口で時間を割いている。しかし、「チベット問題」とは、実は、そんな単純なものではなく複雑で難しい問題。だから、国民のほとぼりが冷めれば、そして、オリンピックという4年に一度の“稼ぎネタ”が始まれば、お祭りムードに突入し、途端に扱いは激減するに違いない。 実際、亡命政府の元外務大臣が以前の私のインタビューで嘆いていたように、国際社会やマスコミとは移り気なもの。今のままでは、「チベット問題」など、他の更にセンセーショナルな問題やイベントの数々の中に直ぐさま埋没してしまう可能性大だ。「9.11」以降のアフガニスタンやイラク戦争の問題が人々やマスコミの関心から消え去った過程を熟考すれば、これは容易に想像がつく。 ********************* この様な国際社会やマスコミの脆弱さや傾向に乗じて、中国政府は更に揺さぶりをかける。「西洋諸国による中国への圧力行為だ!」「オリンピックを政争の具にしようとしている!」。西側列強諸国に侵略された歴史を巧みに利用して中国人(漢族)のナショナリズムを煽り、「問題」を”中国VS西洋”に巧みにすり替え事態を自らに有利に動かそうとする。見えすいた戦略だが、それが通用してしまう現実... 更に、「チベット人たちの暴動」の映像を繰り替えし世界に配信し自らの正当性を訴える。映像プロパガンダの基本中の基本である。映像が欲しい各国メディアはこれを使わざる負えない。これまた常套手段として「ダライ一派が独立を放棄すれば対話の可能性もある」と繰り返す。中国政府にその意図がないことは先にその理由を既に書いた。ダライ・ラマを中心とする亡命政府は既に87年に独立を放棄している。彼らの求める「高度な自治」さえも中国政府は与える気など少しもないのは明白だ。 胡錦濤(国家主席)は「チベット問題」は内政、主権問題だと今回も断言しているー 「チベットの事柄は完全に中国の内政だ。我々とダライ(ラマ)集団との矛盾は民族問題でも宗教問題でも人権問題でもなく、祖国の統一か分裂かの問題だ」 このように非常に狡猾な中国政府に対して、言葉や書面だけで「中国政府は嘘をついている!」「中国政府は対話により問題を平和的に解決する必要がある!」などと単に繰り返すだけで、彼らが交渉のテーブルに着く訳がないであろう。 だから、先の記事でも述べている様に、その政府に強制的に交渉させるための「世界を巻き込むビジョン」と「非暴力の具体的戦略」が必要なのだ。 ******************** そこで、ダライ・ラマである。これも繰り返しになるが、他の勢力に頼るのではなく、彼こそが、その中心にならなければならない。自ら立ち上がらねばならない。しかし、彼は、相変わらず「暴動は中国政府が煽動」などと激しく非難する一方で、「独立ではなく、あくまで高度な自治を求める」「中国政府が対話に応じるよう、国際社会の協力を求める」「北京オリンピックを支持する」と繰り返すばかり。更に、「オリンピックを妨害する行為は止めて欲しい」とチベットや各国での非暴力による抗議活動の制止を求める発言までしている。 対話を呼びかけて応じる政府ならば、「チベット問題」はとっくに進展している。この問題は既に50年以上だ。だから、何度も言っている様に、強制的に対話をさせる状況を作り出す必要がある。それが十分に分かっているから、チベットの民衆や難民は自らの生命の危険を顧みず、非暴力手段(平和デモ行進、ハンガーストライキなど)で国際社会に訴えているのだ。 暴動を煽動した首謀者として既に何人ものチベット人が投獄されている。中国のTVに男性の姿が映し出されていた。表情は青白く固まり手が小刻みに震えていた。その恐怖を想像してみよ。公正な裁判等無く、即、死刑、或は、長期拘留、そして拷問...彼らの勇気、自己犠牲を無駄にするのか。このままでは、彼らのアクションは無駄事に帰してしまう。彼らの勇気あるアクションがあったからこそ、今回、改めて「チベット問題」にスポットが当たったことを考えてみよ。 ********************* ダライ・ラマにはリチャード・ギアを初め著名人の支持者も多い。だが、そういう人間たちを過度に当てにするのも止めた方が良い。日本に限って見ても、ダライ・ラマが来日する度に彼のレセプションや講演に多くの芸能人・著名人が押し掛ける。「法王の教えに感動した」「彼を支援したい」と口々に言う。残念ながら、その殆どはダライ・ラマや宗教に関心があっても、「チベット問題」の複雑さやチベット人や難民が置かれた過酷な状況を真剣に考えているとは想像し難い。 今頃になって、いわゆる文化人の有志が連名で「ダライ・ラマ14世と中国政府首脳との直接対話を求める」声明文を出した。「チベット問題」は既に50年にも渡る問題。特にダライ・ラマが89年にノーベル平和賞を受賞した後は、その問題は欧米では半ば常識である。文化人なのだから当然知っていたはず。中国政府のチベット政策を非難する声明文を出すべき時、出さねばならない時は以前にも幾らでもあった。 私は、これまで、世界最大の人権団体・アムネスティ日本支部の“チベットグル−プと共に「チベット難民」をサポートするイベントを行ってきた。しかし、声明文に名を連ねた方々が支援をした事実を私は知らない。それに、彼らが公の場で継続的に「チベット問題」に言及してきたという話も聞いた事がない。 チベット人知識人で作家として世界的に著名なジャムン・ノルブはこのような“にわか”サポーターの姿勢を厳しく問い質す。 「チベット問題」とは、中国政府という強大な権力と対峙することもあり、非常に複雑で困難な問題。だから、真剣にこの問題に取り組む、或は、サポートをしようとするなら、それなりのリスクを負う覚悟が必要だ。」 「彼ら」にはその覚悟があるのだろうか? その声明文は日本政府と中国政府とに提出される予定だという。そんなことが効力を発揮すると本気で考えているのか。本気で対話の実現を望むのであれば、自らのスポンサーに直接「問題」をアピールするなり、新聞・テレビで非難広告を打つ、テレビ番組・舞台・コンサートで中国政府の対応を継続的に批判するなりしてみるがいい。それが、ノルブが言った「リスクを負う」ことであり、本当の誠意だ。 以前、ダラムサーラのチベット難民の若者たちが慨嘆したー「『チベット』、『チベット仏教』、『ダライ・ラマ』は有名人の“慰みもの”に過ぎない。」この言葉の意味を真摯に受け止めて欲しい。彼らの今後の動向を注視されたし。 普段は人間の本性は見えない。重大で緊迫した状況に直面した時、初めてそれが分かる。「チベット問題」を通じて我々の意志と本質(本性)が試されている。ただ、最近突然登場しだした多数の“チベット問題評論家”たちの「本質」をくれぐれも誤解しないよう。彼らは、皆が騒ぎ出せば騒ぐ類いの、日本人に顕著な、つまり、ジャーナリストの本多勝一氏が指摘する同じ方向に皆で向かう「メダカ」的な、又は、「赤信号皆で渡れば怖くない」人間といったところだろう。少なくとも、真に勇気や誠意ある者たちとは区別するべきだ。 ********************** 「チベット問題」を取り巻く状況を冷静に観察すれば、実際はこのような有様。だからこそ、前の記事などで書いたことが必須なのだ。すなわち、ガンジーのビジョンに基づく「チベット問題」の位置づけ、そして非暴力独立闘争。何のために、ダライ・ラマ という「spiritual figure(霊的人物)」がこの「問題」に存在するのか。その意味とは何なのか。 中国政府の強大な武力によるチベット政策を引き合いに出して、非暴力独立闘争は非現実的で、欧米を中心とする国際社会の力を借りて中国を変え「高度な自治」を獲得していくしかないと言う者が多い。確かに、私も十数年前はそんな“常識的”なことを考えていた。しかし、「チベット問題」の性質やそれを取り巻く諸状況、そしてガンジーの思想と戦略とを精査した結果、考えが変わった。 ダライ・ラマの求める「文化・宗教」の分野のみをチベット人に任す「高度な自治」とは一体何か? 今の社会、文化や宗教を経済や政治から完全に切り離して考える事などできない。例えば、「青藏鉄道」。中国政府はその鉄道を利用して、今後も、チベットの観光地化を進めるだろう。加えて、中国本土の経済発展に伴う、そして外貨獲得のための地下資源採掘の加速、人民解放軍による高原の軍事利用の意図も看過できない。 一方、チベットの文化・宗教はその大地と密接な関係がある。つまり、その地の環境保全なくして文化・宗教の存続はありえない。中国中央政府の権限は絶対的だ。自治内の文化・宗教政策など、国益の名の下に、すなわち政治や経済(開発)が優先され、簡単に駆逐されるのは明らか。しかも、チベットの経済は「中国語」ベースで進む訳であるから、当然、チベット人の“二級市民”のステータスはそのまま。文化の根幹であるチベット語が中国語により脅かされる現状も変わることはない。 チベットの文化・宗教を存続させるには、結局、自らの国を取り戻すしかないのだ。 ************************ 一体、何が現実的だと言うのか。一般の誰もが思いつく様な常識的な発想(社会通念)で、強大な武力と巧みな政治・経済戦略を基盤とする中国政府を変える事ができるのか? 天安門事件、ソ連崩壊後も巧みに生き延びて来た政府なのだ。その本質は今も全く変わっていない。そんな貧弱な発想こそが、非現実的だと考えるべきではないだろうか。 強大な「権力機構」に立ち向かい現状を変革していくには、常識的な発想では到底だめだ。それは、結局、その「権力」を維持させる働きをするに過ぎない。「真理の名の下に、大英帝国を非暴力で倒す」といったガンジーのような一見荒唐無稽で非現実的な発想(ビジョン)が必要なのだ。ガンジーは自ら、それが荒唐無稽でも非現実的でもないことを証明したではないか。それに倣ったベルリンの壁を崩壊させた民衆の非暴力運動はどうだ。 実際、ガンジーは、“常識人”たちには中々理解出来ない高邁な思想・理想に根差す非暴力戦略により、強大で狡猾な大英帝国より独立を勝ち取ったのだ。 再び、何のために「チベット問題」にはダライ・ラマという「霊的人物」が存在するのか?「チベット問題」を非暴力を通じて解決するという現実社会を根底より変革する”ドラマ”を起こすためではないのか。チベットの民衆が決起しているように、ダライ・ラマは決断すべきだ。「人生において決断は非常に大切」だと常々貴方は言っているではないか。最上で最も有効な非暴力の戦略をあなたの尊敬するガンジーに倣って真に実行するべき時だ。 ガンジーは非暴力において「真理(法)」の力を絶対的に信じていた。それを唯一の精神基盤として、具体的な非暴力戦略を展開した。仏教徒であるダライ・ラマは「真理(法=ダルマ)」の力を本当に信じているのだろうか? *********************** 問題点は、一般のチベット難民、「チベットサポーター」にもある。 彼らの展開する平和デモ行進は非暴力の基本的な戦術。今後も、大いにやるべきだ。ただ、同時に、思考、そして行動を再度チェックする必要がある。換言すれば、目標をどこに置いているのかを明確に定めるということだ。 彼らは、チベット国旗(「雪山獅子旗」)を掲げ「Free Tibet!(“チベットに自由を!)」と叫んでいる。それは、明らかにチベットの独立を要求していることに他ならない。だとすれば、中国政府の非道を訴える返す刀で、ダライ・ラマの奮起と決起を直訴するべきだ。他方、彼らは「中国政府はダライ・ラマとの対話を!」と訴える。それは明らかに、中国の枠内に収まる「高度自治」を求め、北京オリンピックを支援する現在のダライ・ラマの政策を支持していることだ。ならば、直ちに「国旗」の使用は取り止め、北京オリンピックへの抗議行動も(彼の要求に沿い)控えるべきだろう。 一体、サポーターは何を目指して抗議活動をしているのか? 今のような思考と行動が一致せず、目標が定まらない状況では、良い結果など得られるはずも無かろう。 「どの港を目指して航海しているかを分かっていなければ、どんな風も追い風とはならない」(セネカ〈古代ローマの哲人〉) オリンピックの聖火をターゲットにした非暴力抗議行動は「チベット問題」を広く知らしめるための方法としてむべなるかな。オリンンピックを私物化する利権集団たるIOCの「暴力的抗議活動は許されない」の声明など全くナンセンス。この程度のデモのどこが暴力的だというのか。己の利益を確保したい意図が見え透いているコメントだ。 しかしながら、悲しいかな、オリンピックの「聖火」という歴史があり、ある種、平和のシンボルとしての「大義」を有するものに対峙するにしては、その抗議行動には、前述したように、思考と行動との統一が無さ過ぎる。だから、それらは西洋主導のどこか粗雑で中途半端なものに感じられてしまう。そのため、有名なマラソンランナーのラドクリフに「チベット人には同情するが、聖火リレーを抗議の場にするのはおかしい」と言われてしまい、「スポーツが政治に利用されている」とメディアにはネガティブに報道される始末。結果、本来共に闘うべき一般の中国人のナショナリズムを煽り、敵対視されてしまっている。 この状況を打開する唯一の方法は、先にも書いた様に、ガンジーのビジョンの中で「チベット問題」を位置づけ、ダライ・ラマをシンボル・中心として非暴力独立運動を展開することだ。オリンピックの大義を遥かに凌駕する「非暴力のビジョン」を具体的に提示した時、中国の市民を含む世界の多くの人々は、オリンピックをターゲットとした抗議行動の正当性を理解し具体的に支持し始めるはず。 *********************** やるなら今しかない。ガンジーを思い、勇気を出して「真理(法)」の名の下に「チベット高原アヒンサー(非暴力)地域構想」を実現すべく歩み出すべき時だ。でなければ、中国政府の圧政によりこれまでに亡くなった100万人以上の者たち、拷問の限りを受けた者たち、そして、現在非暴力で闘っている者たちのアクションや命が本当に無駄になってしまう。今こそ、思考と行動を昇華する時だ。夢なき、ビジョンなき時代に、夢と壮大なビジョンを! 地球温暖化、テロ、環境破壊といった全世界的な21世紀の課題は、我々に意識の変革を迫っている。本来、「チベット問題」はその一環として捉えるべき問題なのだ。 ダライ・ラマ、今こそ、本当の非暴力アクションを通じて「真理(法=ダルマ)」を説くべき時だ。「権力」からのメダルなど返還し、あなたの21世紀における存在意義を示して欲しい。 そして、我々一人一人も同じく21世紀における存在意義を示さねばならない。 2500年前の釈尊の言葉を改めて思い出す。 「この世で自らを島とし、自らをよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ」 常識という名の「通念」に流されず、慈悲を柱とする「真理(法)」と共に「犀の角のようにただ独り歩」む決意が、今、必要だ。 |
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Mar. 19, 2008
![]() 予想通りというか、いつも通りと言うか、“チベット騒乱”に関し中国政府は連日常套句を繰り返している。全く、唖然とする稚拙さ。これが本当にオリンピックのホスト国の政府の対応だろうか? 中国首相・温家宝みずから、全国人民代表大会(=国会に相当)でダライ・ラマを名指しで非難した。「ダライ集団が組織し綿密に策動し扇動して起こした事件」「ダライ集団の独立を求めず和平対話をするとの標榜が全くの嘘だと露呈した」これに対し、ダライ・ラマも「私が策動したか否か、国際機関に調査してもらえばよい。どちらが嘘つきか証明されるだろう」と応酬した。 これで、2002年に再開され非公式に行われていたチベット亡命政府と中国政府間の交渉は事実上完全に決裂したと言えるだろう。実際、交渉は当初より進展していなかった。「独立の主張放棄 及び チベット、台湾が中国の不可分の領土であると承認」とする交渉の前提条件を中国政府は亡命政府に突きつけている。独立は放棄したものの、後者を亡命政府は承認していない。はなから交渉は進展するはずも無かったのだ。 折しも、並行して中国政府は「青藏鉄道」の建設を着々と進めていた。「ダライ・ラマとの対話を初めていない」といった国際社会の批判を巧みにかわし、鉄道建設のための時間を稼ぐ。中国政府の何たる狡猾なことか... *************************** “チベット自治区”のラサの騒乱は、青海省や甘粛省など、中国に併合される以前のチベットの各地に飛び火している。中国政府は情報管制を敷き、国際社会の非難には全く耳を貸さずに徹底的に武力鎮圧する構えだ。89年の騒乱を鎮圧した時と全く同じ強硬手段。今回は「北京オリンピック」という“弱み”を握られてはいるが、今のところ強硬路線堅持の構えで国際社会への歩み寄りはみられない。 一方、ダライ・ラマは、チベット人による暴動が更に拡大し収拾不能となるなら、「(チベットの政治指導者としての地位を)退位する」と述べた。さらに「暴力にかかわるな」「暴力は自殺行為だ」と訴え、支持者や信者に非暴力を貫くよう求めている。確かに、暴力は自殺行為に他ならない。暴力は、より大きな暴力により押さえつけられることは歴史が証明している。暴力によっては状況は改善も進展もしないことは、「パレスチナ問題」一つをとっても明らかだ。取るべき手段は非暴力しかない。 だが、今回の抗議行動は果たして暴力だろうか?断片的に流れてくる映像を見る限り、一部の暴徒を除き、チベット人の大多数は集団を組んでデモ行進をするか、中国国旗をチベット国旗に掲げ代えているだけに見える。又、世界の支持者の行動も基本は上記と同じだ。先の記事で書いたが、ダライ・ラマも尊敬し模範とするガンジーの闘争より判断するなら、彼らの行動はダライ・ラマが言う様な暴力行為ではなく許容範囲内の「非暴力」アクションだと感じるのは私だけだろうか? *************************** 緊迫した状況の中、ダライ・ラマは“身内”の非難にも晒されている。「チベット青年会議(TYC)」の議長、ツェワン・リグジンは、「ダライ・ラマの姿勢には同意しない」と述べ、亡命政府指導部に路線変更を求めている。TYCはチベットの若い世代で構成され全世界に3万人以上の支持者を有するNGO。一貫して中国からの独立を主張し、強硬な平和デモ行進、ハンガーストライキなどを組織している。99年に当時のTYC議長にインタビューした際、「我々チベット人は慈悲を教えるために難民になったのではない。チベットの独立を勝ち取るためだ」と既に暗にダライ・ラマの姿勢・政策を批判していた。TYCのみならず、作家としても世界的に著名なチベット人知識人・ジャムヤン・ノルブもインタビューでダライ・ラマを激しく非難。彼は「Rangzen Chater(独立憲章)」と名づけた小冊子を表し難民社会及び国際社会に”独立政策”の正当性を訴えている。 この“独立派”の言い分に対して、以前(99年)の単独インタビューでダライ・ラマは涙をうっすら浮かべてこう語った。 「難民社会だけではなく、チベット内でも(独立を放棄した)私の政策に反対する者が大勢いることは知っています。心情は良く分かります。だが、中国が対話を拒み、チベット政策が厳しさを増している現状で、一体どうすれば良いのでしょう? 彼ら(“独立派”)の意見には未だ具体性がありません。将来に向けた“青写真”を示して欲しいのです。」 * ************************** 先の記事にも書いたが、ことここに至っては、ダライ・ラマは、中国政府はまともに対話出来る相手ではなく「チベット問題」を真摯に交渉する意図などないと諦め決断し、「原点(=独立政策)」に戻るべきではないのか。 ダライ・ラマは、「チベットの中国からの独立は現実的ではない」と言う。では、“共産党独裁政権”との共存は現実的なのだろうか? 自国民の切なる自由への言動を武力によりためらいも無く蹂躙する政府と共存することが果たして現実的だと言えるのか? それが、ガンジーを模範とし非暴力を標榜する者の言い分とはとても思えない。イギリスの「将来的に必ず自治権を与える」という申し出をガンジーは決然と断り、独立を主張し続けたではないか。 もし、いずれもが不可能なようならば、死んで行った者も含め、チベット人の大多数が切望してやまないチベットの大義である「独立」を選択するのが筋ではないのか。その時初めて、チベット人や支援者の心(思考)と行動は統一され、大きな力となって膠着した状況を大きく動かすに違いない。今は、全てが中途半端、ばらばらである。 ************************** 前回に紹介したガンジーが示したビジョンに基づき、「チベット問題」を将来の世界平和の礎となる「問題」と位置づけ、非暴力による解放(独立)をダライ・ラマ自らが宣言すべきだと思う。それには、先ず、ブッシュの「暴力政策」を容認し世界を暴力と憎しみと恐怖の渦に巻き込んだアメリカ議会からもらったメダルなど返還するべき。非暴力のシンボルたる者、いかなる権力にも近づいてはならない。これは、ガンジーが示した“鉄則”でもある。そして、87年に発表した「チベット高原アヒンサー(非暴力)地域構想」に沿って具体的な非暴力戦略を国際NGOと共に練る。ダライ・ラマを批判していた“独立派”が中心的な役割を担わねばならないのは言うまでもない。計り知れないダライ・ラマの重責を分担するのだ。 これまでに幾度となく繰り返して述べてきたが、この「闘い」は、チベット人だけではなく、中国人(漢族)を含む虐げられている全ての人間のための闘いだ。 87年、学生の時、私は大学生として中国・チベットを独り旅した。中国語もチベット語も全然出来なかったが、深い興味に突き動かされる様に、デカイ登山用のザックを背負い各地を訪ね歩いた。幸いにも、その先々で中国人(漢族)、チベット人にかかわらず、色々な人々に助けられ温かなもてなしを受けた。その思い出は今でも鮮明に蘇るし、数々の恩は決して忘れない。その旅で、チベット人、同室になった英国人バックパッカーより「チベット問題」を知った。そして、仲良くなった中国人の鉄道員を通じて中国共産党の堕落、腐敗、非道を知った。多くの一般市民が虐殺された「天安門事件」の2年前のことだ。 だから、「チベット問題」の解決を通じて、チベット人と中国人が本当の意味での「共存共栄」を実現して欲しいと心より願っている。 改めて、ガンジーが語った言葉を(“インド”の箇所を“チベット”に変えて)記したい: 「もし、チベットが非暴力の手段によって自由をとりかえすことに成功したならば、チベットは、自由のために闘っている他の民族にメッセージを送ったことになるだろう。いや、おそらくはそれ以上に、世界平和にとって未だ知られていない最大の貢献を果たしたことになるだろう」 |
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Mar. 18, 2008
![]() 3月14日、チベットのラサで僧侶を中心とするチベット民衆による大規模なデモが起こった。チベット亡命政府は、17日現在、80名の死亡と70名以上の負傷者を確認しているとう。1989年以来、最大級のデモだ。 今回の「デモ」は、2001年のIOC(国際オリンピック委員会)の総会で2008年のオリンピックが北京に決まった瞬間から既に始まっていた。 当然の如く、私のチベット難民の友人達の誰もがこの決定に憤っていた。「チベット人のみならず自国の民(漢族)の人権をも平気で蹂躙する実質的な“独裁国家”が平和の祭典であるオリンピックを開催する資格などあるのか?」、年配のチベット人は落胆して言った。この言葉一つにしても他の多くのチベット人の本心を端的に代弁している。チベット難民のみならず大多数のチベット人はチベットの真の解放、即ちチベットの独立を希求しているのは疑いない。ゆえに、チベット人がこのオリンピックを容認出来るはずも無い。オリンピックをターゲットとした抗議行動が起こるのは必然だった。 この間、中国政府は「チベット統治政策」の最大の悲願であった「青藏鉄道」を遂に完成させ、中国本土とチベットの都・ラサとを繋いだ。いわゆる“チベット自治区”のラサでは中国人(漢族)とチベット人(族)との人口比率は既に逆転していたが、鉄道開通によりその状況は更に加速。その傾向はチベットの他の地域へも波及していく勢いだ。「チベット人は中国人や外国人観光客の“ペット”に成り下がっている」とチベット人知識人・ジャムヤン・ノルブは以前吐き捨てた。 ダライ・ラマは漢族移民のチベットへの流入を中国政府による、"cultural genocide(文化的大量殺戮)”と呼んで長年懸念し非難していた。実際、ラサだけではなく、チベットの至るところが年々”中国化”し、しかもチベット族と漢族との間の経済格差は広がっている。加えて、宗教・文化弾圧政策は厳しさを増していた。様々な状況がチベット人の反中国感情を更に刺激していたのだ。 昨年、9月、チベット難民の若者とアメリカ人サポーターがチョモランマのベースキャンプで抗議行動を行った。中国政府はチベット人が“母なる女神”と崇敬して止まないチョモランマに聖火を持って上がるという。チベット統治を正当化且つ既成事実としたい意図は見え見えだ。そんな冒涜は絶対に許せないと彼らは怒りの叫びを挙げたのだ。掲げた横断幕には(北京オリンピックのスローガンをもじって)次の様に書かれていたー「ONE WORLD ONE DREAM FREE TIBET 2008 (“ 一つの世界”“一つの夢”“2008年、チベットに自由を”)」。(この映像を「Youtube」で見ることが出来る) 今年1月、チベット難民のNGOがインドのダラムサーラ(難民コミュニィティー)からチベットに向けての大規模な平和行進計画を発表。3月10日(59年の中国のチベット不当支配に反発したチベット民衆による一斉蜂起を記念した「民族蜂起の日」)に歩き始めたが、3日後の13日にインド警察により阻止され100人が拘束された。 同10日、チベットで僧侶と尼僧がデモ行進を行い中国当局に武力鎮圧された。しかし、デモは他の僧侶、民衆が加わり拡大過激化し騒乱となる。僧侶の中にはハンガーストライキや自殺を図って抗議する者もいたという。 中国当局は「ダライ・ラマ一味の画策だ。証拠がある。」と言っているが、全く根拠は無い。今までにも同じ言い分を繰り返してきた。しかし、具体的な証拠を示したことなどないのだ。程度の低い常套句、欺瞞。実際は民衆が自発的に行ったものだ。あるいは、内外のチベット人同士で何らかのコンタクトがあったのかもしれない。インターネットを初め通信網が発達した現在、チベットにもあらゆる情報が入ってくるし、チベット内外の連絡も技術的には難しいことではない。当局が全ての情報を検閲するなど事実上不可能だ。 いずれにせよ、ダライ・ラマは関与していないことは明白。「チベットの独立を求めない。北京オリンピックを支持する。」と表明し、チベット亡命政府の特使が中国政府と水面下で接触している状況下、あえて関係をこじらせる様な事態を自ら招き寄せることがあるだろうか? “大国”にしては、当局の言い分は余りに稚拙だ。 *************************** さて、デモ行進、横断幕による抗議声明、ハンガーストライキなど、先に述べた一連の抗議は全て“非暴力抵抗運動(活動)。” ダライ・ラマが敬愛し模範とする非暴力のシンボル・マハトマ・ガンジーの闘争の歴史(思想・活動)を見れば直ちにそのことを理解出来るはず。14日の騒乱では当局の武力鎮圧に反発し一部の僧侶・民衆が暴徒化し投石や焼き討ちを行ったとはいえ、それとて、もとは10人ばかりの僧侶と尼僧による平和デモ行進なのだ。 ダライ・ラマは常々「非暴力」の大切さを説きこう言っているー「非暴力とは、単に暴力を用いないということではありません。もっと積極的で大きな意味を持つものなのです」 つまり、非暴力は権力や不当な暴力に対する「不服従」の行動と“一対”だということ。(この二つの要素が合わさって初めて効力を発揮する。)ガンジーはこのことをはっきりと思想として表明し、行動により証明した。受け身で心情的な「平和主義」とはこの点が明らかに違う。 『非暴力 武器を持たない闘士たち』の著者・マーク・カーランスキーの言葉で補足説明すれば、 「非暴力とは相手を説得する手段であり、政治的行動のテクニックであり、相手に打ち勝つ方法。」「平和主義は相手の行動にどう対応するかを考えるが、非暴力主義は自分の方からどう行動するかを考える。」 近年、ダライ・ラマの言動が「非暴力」に一致しなくなってきていることは、以前の記事(『ダライ・ラマ回想』・『非暴力と権力』)で書いた通り。「非暴力は大切」だと語る一方、それを現実の社会に具体的に落とし込んでいくアクションがない。しかも、武力(暴力)政策を基盤とするアメリカよりメダルを受けたりなどしているのだ。 対照的に、ガンジーは大英帝国からのインド解放(独立)のために、大国の力など借りず、「サティヤーグラハ(「真理の力」)の名の下に平和行進・ハンガーストライキ・不買運動・非協力抗議活動など様々な非暴力運動を絶えず率先して展開し、「非暴力」の具体的な実践方法を示した。 「もし、インドが非暴力の手段によって自由をとりかえすことに成功したならば、インドは、自由のために闘っている他の民族にメッセージを送ったことになるだろう。いや、おそらくはそれ以上に、世界平和にとって未だ知られていない最大の貢献を果たしたことになるだろう」 こう述べたガンジーには、インドの解放を通じて人類全体にとっての普遍的な課題を克服しようとする壮大なビジョンがあった。 本来、「チベット問題」も、”中国国内の少数民族問題”、”中国政府とチベット亡命政府間の政治問題”、”宗教と共産主義の確執”、”人権問題”などの小さな枠組みではなく、ガンジーが示した様な観点から捉えるべき問題だと私は以前から考えている。 1989年にノーベル平和賞を授与される以前、独立政策を放棄して間もないころ、ダライ・ラマもそうしたビジョンを未だ持っていたはずだ。その証拠に、友人が1988年に彼と謁見した際、「この非暴力による闘いは、地球上での一つの実験だ」と述べている。更に同じ頃、1987年、フランスのストラスブールでチベット高原全体をアヒンサー(非暴力)地域にしようと世界に呼びかけている(「ストラスブール提案」)。その構想は、実際、チベットの解放(=独立)なくして成り立つものではない。 *************************** 繰り返しになるが、チベット人・難民の大多数はチベットの独立を望んでいる。平和行進でも、ハンガーストライキでも、不買運動でも、老若男女、彼らが掲げるスローガンは「独立」。そこにあるのは「チベットはチベット人に属すものであり、チベットはその伝統文化や自然環境により世界平和に貢献出来る」との確信なのだ。 「チベット独立など非現実的」と言う者が多々いる。だが、大英帝国からのインド独立など当時誰が予想しえたか? ベルリンの壁の崩壊、ソ連の消失は? この世に非現実的なことなど実際にはない。歴史を紐解けば、不可能を可能にした背景には非暴力に基づく市民の確固たる決断が常にある。人間の自由を求め実現しようとする本質的な欲求を暴力により押さえつけることは出来ない。 アメリカに比肩する政治・経済・軍事大国となった中国。その政府に誰も正面から「NO!」と言わないし、言えない。しかも、「チベット問題」は政治・社会・人権・宗教・文化・アイデンティティ、経済、自然環境など様々な問題が内在している。非暴力の可能性を実践する「場」として、正に、この上ないではないか。 これは偏にチベット人の闘いではない。中国人(漢族)を含めた苦悶する人類全ての闘いなのだ。しかしながら、“最前線”で闘うのはあくまでチベット人。負傷者や犠牲者は避けられないだろう。元来冗談と歌が大好きな愛すべきチベット人達が蹂躙されるのは胸が張り裂ける思いだ。だが、それが、チベットを解放し、ひいては社会(世界)を変革させるための彼らのミッションなのだとすれば、仕方がない... ガンジーは現実の例を引き合いに出し語っているー 「侵略者たちにあなたがたの屍の上を歩かせてやればよい...あなた方は蹂躙されるがままになりながら、なおも自らの義務を果たすことになるのだ...非暴力は厳しいもの...非暴力は決して弱者の武器として思いついたものではなく、この上もなく雄々しい心を持つ人の武器として思いついたものです」 ガンジーの言葉を持ち出すまでもなく、チベット人たちは既に決断している。99年に300キロの道のりを共に歩いた平和行進のメンバー達を多数インタビューしたが、皆、「チベットの大義のために殉ずる覚悟がある」と、こちらが少々たじろぐほど真剣に決意を語った。その瞳に少しの心の“ぶれ”も感じられなかった。 壮大なビジョンと慈悲に基づく非暴力運動を大いに展開する時期に来ている気がする。個々の抗議活動はどこか人間性を高める宗教の修行のようだ。ハンガーストライキは「瞑想」、平和デモ行進は「歩く瞑想」、そしてスローガンの叫びは「マントラ(真言)」... 今こそ、ガンジーがインドの民衆の先頭に立った様に、ダライ・ラマ法王、その先頭に立つべきだ。ガンジーの「塩の行進」の如くあなたが民衆と共に座り、歩いたならば、その姿に「魂」を揺さぶられない者はいないだろう。言葉のみでは人は動かない。「非暴力はお説教のできるものではなく、常に実践されねばならない」(ガンジー)国際社会の協力を仰ぐ声明も結構だが、ガンジーの如く、先ずは、あなたが決断し何らかの具体的なアクションを起こさねば何も新たに始まらないし、事態は改善されないだろう。 *************************** 昨日(3月17日)は49年前にダライ・ラマが国境を越えインドへ亡命した日。国境まで彼を護衛した勇猛なカンパ族の男たちは、引き返し中国軍と闘い散った。彼らがダライ・ラマに託した思いとは何だったのか? 監獄で拷問の限りを受けて死んでいった者たち、或は、ヒマラヤで射殺された尼僧の願いとは? ガワン・サンドルは? 例外なくチベットの解放(独立)を心よりを望んでいたし、今でもそうだ。ダライ・ラマも同じ気持ちだったはずだ。 87年に独立を放棄し中国の枠内に入る方針転換(“「高度自治」獲得政策”)をしてからも、中国政府との交渉は全く進展せず、ダライ・ラマは何度となく「方針転換は間違いであったかもしれない」と真情を吐露し、しかも一貫して中国のチベット政策を非難している。ことここに至っては、中国政府ははなから「チベット問題」を真剣に話し合うつもりなど無かったと諦め結論づけ、「原点(=独立政策)」に立ち返るべきだ。それは、釈尊とガンジーの「法灯」を継ぐ者としての本来の道に戻ることでもある。 血なまぐさいアメリカ議会にメダルを返還し、87年に示した壮大なビジョン (「チベット高原アヒンサー(非暴力)地域」構想)の下に具体的な非暴力運動を始めてもらいたい。インドの大衆がガンジーの後につき従い世界中の良識ある人々が彼を支援した様に、チベット人だけではなく世界の多くの国々、組織、市民がダライ・ラマの方針を(上辺ではなく)真剣にサポートするだろう。(現在はどこの国、組織からも正式承認されていない”チベット亡命政府”もその際に承認されるはずだ) 理不尽極まりない中国政府の「暴力」を「非暴力」により一層如実にあばき出し、迷妄な者たちの蒙を啓け! その先に必ず「独立」の願いは叶い、次世代の世界平和の礎となる「チベット高原アヒンサー(非暴力)地域」構想は実現する。 私はそう堅く信じている。 「もし、チベットが非暴力の手段によって自由をとりかえすことに成功したならば、チベットは、自由のために闘っている他の民族にメッセージを送ったことになるだろう。いや、おそらくはそれ以上に、世界平和にとって未だ知られていない最大の貢献を果たしたことになるだろう」 さあ、地球上の意義ある「実験」に加わろう。 |
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Nov. 30, 2007
![]() 去る11月22日、都内でアムネスティ(“チベットグループ”)主催の『チベット難民〜世代を超えた闘い』の上映会があった。 話を頼まれていたので会場に行ったのだが、驚いた。平日の夜にも拘らず約40名も集まっているではないか。嬉しい限りだ。この中の一人でも多くの方が主体的且つ継続的に「チベット問題」を考えて下されば...以前のブログにも書いたが、善意と意志のある方々の輪が広がり、それが一つの力となって「チベット問題」の解決への囁かであっても確かな礎になることを願って止まない。私の活動が少しでもその御役に立てれば幸いだ。 この作品は7年ほど前に作ったもの。制作の辛い日々が今でも鮮明に蘇る。数々の「困難」が次々に立ち塞がったが、何とか、単独で約2時間のドキュメンタリー(4章構成)を作り上げた。つまり、企画・取材(撮影、インタビューなど)・編集など全てを一人でやり遂げたのだ。こんなことは、実質分業体制であるマスコミの番組制作ではあり得ない。 これが、真の「ビデオジャーナリズム(VJ)」或は「ビデオジャーナリスト(VJ)」スタイルというもの。 現場で撮ってきた映像を自ら編集せずに実際は編集専門のスタッフが仕上げた作品を“VJ作品”の様に言っているケースを良く耳にする。しかし、それは本当の意味でのVJ作品ではない。ビデオジャーナリストとは、難しいテーマを独自の視点と独自の“映像文体”で描写出来るジャーナリストのこと。映像文体=「撮影&編集」。すなわち、”編集を考えた撮影が出来ない人間”及び ”編集を独自に出来ない人間”は本来ビデオジャーナリストではないのだ。本当のビデオジャーナリストとは、マスコミで分業とされている諸作業を全て一人で行なわねばならない非常に過酷な職業。故に、それを可能とする者のみがビデオジャーナリストと呼ばれてしかるべき。今、巷にビデオジャーナリストが溢れている。だが、誰でも簡単に「ビデオジャーナリスト」になどなれる訳が無い。誰でも簡単に作家になれないのと同じことだ。 いずれにせよ、“やっかい”なテーマのドキュメンタリー作品を何とか完成させた。マラソンの有森裕子ではないが、「自分で自分を褒めてあげたい」(笑)。完成に至らしめた最大の要因は、端的に「意地」と「責務」。制作過程の“秘話”をHPに少しばかり書いた。未だ言い足りない...今後もプログ上で“愚痴”をこぼすかもしれません(笑)。 御陰様で、『日本語版』はアップリンク、アムネスティ各支部、同志社を初めとする様々な大学で上映された。来年2月、「にいがた国際映画祭」での上映も決まっている。一方、『英語版』は数々の映画祭に招待され、ベルギーの議会ではチベット難民を知る参考資料として上映された。 HPにも書いてある通り、この作品は「チベット難民ドキュメンタリープロジェクト」3部作の第一弾。まもなく、第2&3弾の取材に入ります。諸事情により当初の予定より大分遅くなってしまった。「プロジェクト」を応援して下さっている方々には申し訳ないことをしました。この場を借りて御詫び申し上げます。 どうぞ、今後とも宜しくお願い致します。 |
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Sept. 11, 2007
「非暴力闘争」ー チベットの解放のために闘うチベット人、難民の唯一の手段であり生命線だ。 「非暴力」は「不服従」の行動が伴ってこそ効力を発揮する。残念ながら、チベット難民、特に役人たち(亡命政府)の非暴力闘争には「不服従」がしばしば欠落する。そのことが、「闘い」をどこか中途半端なものとしている感は否めない。先の記事「ダライ・ラマ回想(5)」でガンジーの非暴力闘争を引き合いに出しながら、このことは既に述べた。 ********************* 先日、チベット人政治囚(良心の囚人)のルポを読んだ。ガワン・サンドル。尼僧だ。彼女はチベット難民の”シンボル”の様な存在だから、以前より名前は聞いたことがあったし、監獄で撮られた囚人服を着た彼女の写真も見たことがあった。だが、お恥ずかしいことに、彼女が「シンボル」になっていく経緯を、この本を読むまで殆ど把握していなかった。 ル・モンド紙記者が描き出すガワンの姿は圧倒的だ。彼女が初めて投獄されたのは、1990年、11歳の時。他の多くの尼僧たちと同様、「チベットに自由を!」と町中で叫んだからだ。それだけの理由(“罪”?)。1年後に釈放されるが、彼女は自らの信念に従い、再び公衆の面前で「自由」を訴える。そして、再度収監。そこで待っていたのは、前回とは比較にならない拷問の数々。150センチの小柄な少女に向けられる凍りつく様な拷問に義憤を覚えない者はいないだろう。完全に常軌を逸している。人間の理性などそこにはない。これが、経済発展を謳歌する中国という大国の政府の悲しむべき裏の顔なのだ。 それでも、ガワンはひるまない。決して、当局に対して信条を曲げようとはしない。いや、益々意志を強固にし抵抗するのだ。「非暴力・不服従」。彼女こそ、それを正に体現している。「シンボル」となるもの当然だ。 98年の段階で、度重なる延刑のすえ彼女の服役は2014年までとされた。実に、トータルで二十年以上の刑期だ。無論、まともな裁判など行なわれていない。「私はおそらく出獄出来ないでしょう。私の人生を(チベットの大義のために)犠牲にするわ」と、出獄する友人の尼僧に話したという... 幸いにも、この本の出版後、2002年10月、欧米の人権団体などからの圧力の結果、ガワンは釈放された。 ********************* ガワンの釈放に先立つ2001年6月、著者であるル・モンド紙のブルサール氏はダライ・ラマにインタビューしている。その中で、ガワンの非暴力闘争をダライ・ラマは賞賛する。「ダライ・ラマが彼女を『格別なチベット人』であると、その勇気を讃えたことを、ガワン・サンドルは大喜びするだろう」とブルサール氏は単純に喜ぶ。しかし、私は腑に落ちなかった。果たして、本当にそうだろうか? 以前の記事でも書いたが、大多数のチベット人、難民たちが心より希求するのは“チベットの真の解放”、即ち、「独立」。これが、偽らざる気持ちだ。ガワンが身命を賭して訴えたのも「独立」に他ならない。だが、ダライ・ラマを中心とする亡命政府は既に独立の夢を捨て、中国の枠内で生きる道−”高度な自治”を求めている。この政策転換をしてから早20年になるが、何ら進展はない。 チベット完全統治(チベットの中国化)を押し進めるための中国政府の狡猾な“時間稼ぎ政策”にまんまと嵌り翻弄される「チベット亡命政府」の体たらくを、ガワンは今どう感じているのだろうか... ********************* 昨今、「非暴力」が”癒し”の如く、どこか“ファッション”の様に軽々しく語られている気がする。しかし、実際はガワンの闘いからも明らかな様に、それは精神・肉体共に忍耐を強いられる非常に過酷なものだ。ある種の「覚悟」が必要なのだ。 本日、「9.11」。あの「事件」から6年。 国家テロ、組織テロ、大国テロ...暴力の連鎖は全く止む気配がない。「非暴力」の意義を皆が真剣に問い直し、そして、実践していく時だ。話は本題より逸れるが、「非暴力」は人類が直面する最大の緊急課題・「地球温暖化」にも有効である。 そういったことも踏まえた上で、ガワン・サンドルの命を賭した「叫び」を、是非、聞いてもらいたい。ご一読を。
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